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教育雑感

最終更新日:2016年4月8日

心動かされたこと あれこれ

(2015年の教育委員長挨拶から転載しました)
       
箕輪町教育委員長  白鳥 彰政  


 最近の出来事から印象に残ったことを紹介したい。

その1)
 5月下旬のある日、町文化センターのホールは200名を超える人々が会場を埋めた。公民館学級合同開講式に先立って一般公開された文化講演会 「懐かしい童謡・唱歌を楽しもう」 に集まった人々である。
 当初は文化センター内の一室でこじんまりと行う予定だったのだが、講師や演奏者が素晴らしいので、ちょうど空いていたホールでやることになった。チラシや新聞による広告は十分な時間がなかったため当日どのくらい聴衆が集まるか心配であったが、諏訪や駒ヶ根方面から参加された方もいて、主催者も驚くほどの盛況であった。

 講演内容は、童謡・唱歌の歴史をお話と歌の生演奏で辿るものであった。講師(文部科学省津田正之教科調査官)の分かりやすい解説により、だれもが小さい頃から親しんでいた童謡や唱歌の歴史や背景が語られ、地元で活躍する2人の声楽家とピアニストによる見事な演奏に合わせて、一緒に口ずさみながら聴き入る聴衆が大勢いた。
 「故郷(ふるさと)」が時代を超えて愛されるのは、西洋音楽と日本の音楽のよさが融合されているからではないか」 「この曲の話者の視点は故郷にあるのか、今いる場所か」 等々、今まで意識していなかった観点から見直してみると、童謡・唱歌も一層味わいが増すと感じられた。童謡・唱歌が中高年を中心に根強く愛唱されていることを実感したひとときであった。

 講演会に足を運んだ方の言葉
  「今日の講演会は本当に楽しかった。やっぱ童謡唱歌はいいねえ」

 当日演奏されたのは次の7曲であった。
  「春の小川」 (2種類の伴奏で)  「雨露」  「キンタロー」 
  「故郷」  「しゃぼん玉」  「証城寺の狸囃子」



その2)
 数日後、伊那プリンスホテルを会場に、キャリア教育産学官交流会が開かれた。キャリア教育という言葉にはまだ馴染みのない方が多いかもしれない。
 「今、子どもたちには、将来、社会的・職業的に自立し、社会の中で自分の役割を果たしながら、自分らしい生き方を実現するための力が求められています。この視点に立って日々の教育活動を展開することこそが、キャリア教育の実践の姿です」(文科省HPから)
という説明を聞くと、キャリア教育は学校教育とほとんど重なるのではないかと思えるが、通常の学校教育以上に家庭・地域の協力・連携が不可欠であるところがその特徴である。

 昨年度から始まったこの交流会は、上伊那の産業界、学校教育現場、教育行政現場の関係者が一堂に集い、キャリア教育について研修したり情報交換したりするという催しであり、本年度箕輪町で開催されたのである。

 「農業ってかっこいい!〜夢を持つ大人の姿が子どもの未来をつくる〜」 と題した講演では、町内で牧場を経営する20代若手経営者の地に足の着いた実践発表に、感銘の輪が拡がった。
 事例発表は、4団体から以下の内容で行われた。
 1 「地域に貢献できる若者の育成を目指して」        辰野高校商業科
 2 「地域と学校をつなげるキャリア教育を目指して」     箕輪町教育委員会
 3 「未来へ向かって 〜アキ精工の取り組み〜」      有限会社アキ精工
 4 「地域から創出! ヘア・アーティスト
          我が社のキャリア教育プログラム」     有限会社松島美容室

 交流会の中で何回か行われたワークショップでは、産学官それぞれ1人ずつの3人グループによる意見交換があり、職種を越えてのやり取りが新鮮であった。
 産学官というふだんは異なる立場の人々が集い行われた交流会で得たものを、是非これからの学校教育(キャリア教育)に反映していきたいものである。また、中高生の参加も検討してもよいのではと考えさせられた。
 4時間半という長時間の交流会の中で、次の言葉が最も強く印象に残った。
「(子どもの)近くにいる大人が輝いていることが、一番のキャリア教育です」


その3)
 6月に入り南小で行われた「選書会」に初めて参加した。箕輪町では昨年度から各学校で実施され、今年度2年目ということで、楽しみにしていた。

 2学年ずつ1時間かけ、プレイルームいっぱいに広げられた数百冊の本の中から、自分が気に入った1冊を選ぶのである。中・高学年はともかく、低学年の1・2年生に膨大な本の山から1冊を決め出せるのだろうか、という私の心配は選書会が始まって間もなく杞憂に終わった。
 まず司書の先生が、学年に応じて選書の仕方をわかりやすく丁寧に説明してくれたので、一人一人で選ぶ時間になっても、何の混乱もなく選書に取り組むことが出来たのである。所在なさそうにしている子どもは1人もいない。2冊の本のどちらにするかを真剣になって考え込む子どもの表情が印象的であった。
 やはりふだんから読書に親しむ雰囲気の中で、子どもたちは生活しているのだろう。家庭や学校での保護者や先生方の指導の賜と感謝したい思いであった。
 それにしても昨今の子どもが目にする本の多彩さには唯々驚かされる。題材の豊富さ・奇抜さ、一瞬で引きつけるタイトルと表紙、各頁のレイアウトや挿絵・写真の工夫等々、大人でもつい手にとって頁をめくりたくなる本の数々。私も読みたくなって、本屋さんに数冊注文してしまった。


その4)
6月下旬の土曜日に南小で音楽会が行われた。途中からの参加であったが、会場となった体育館は熱気に溢れていた。 それは、どの学年も発表する子どもたちが実にいい顔、自信に満ちた表情で体全体を使って自己表現していたからである。だれも人任せにしていない。この日を迎えるまで積み重ねてきた練習からくる自信と自分が頑張らないといい発表にならないという自覚が、どの子からも伝わってくる、そんなステージばかりだったからである。

 圧巻は、最後の全校合唱奏。100名足らずの子どもたちによるそれこそ全身全霊をかけた熱演であった。いつも思わされることであるが、子どもが本気になって打ち込む姿というものは、どうして見ている者の胸をこれほどまで熱くさせるのだろうか。見ている、聴いている私たち大人が、大きな感動と明日への元気・意欲を子どもたちから分けてもらうのである。だから「子どもは地域の宝」と言われるのだと思う。


さらに、7月最初の日曜日、文化センターで行われた「社会を明るくする上伊那北部地区大会」における箕輪中部小学校合唱団のアトラクションでの見事な演奏により、大会が感動的なフィナーレを迎えたことも最後に付け加えたい。
(2015.7)





箕輪ではいい子が育っている

       
箕輪町教育委員長  白鳥 彰政  


  6月の町議会で初めて答弁に立った。
 「箕輪の子どもたちの現状はどのように映っているか。感想と今後に期待することは」との質問に、次のように答えた。


 教育委員長になって2ヶ月余りが過ぎ、小中学校の入学式・運動会等に出席し、箕輪の子どもたちの姿に触れる機会を得た。感じたことを一言で言うと、「箕輪ではいい子どもが育っている」 これが率直な感想である。
 入学式は長い年度末休みの直後にもかかわらず、小学校では新1年生を迎える子どもたちの落ち着いた姿が、中学校ではほどよい緊張感の中で新年度への決意や意欲がどの生徒からも伝わってきた。小中共に、式歌や校歌を全身で精一杯歌う子どもたちの力強い歌声にさわやかな感動を覚えた。
 小学校の運動会では、特にかけっこでどの子も力一杯最後まで走り抜く姿に、保育園から取り組んでいる運動遊びの成果を実感した。途中で転ぶ子どもがほとんどいない中、ゴールを前に転んだ子がいた。その子は何事もなかったようにすぐに立ち上がって走り出し、ゴールをかけ抜けた。最後まで諦めずベストを尽くす姿に大事なものを教えられた思いがした。

 このように、箕輪の子どもは出すべき時に力を出すことができる、つまり静と動の切り換えができる。その結果、地に足の着いた学校生活を送っていると感じた。それがいい子が育っている、と感じた中身である。

 今後への期待としては、先の見えにくい時代にあって、自分の夢や希望を描きながら、学力・体力・豊かな心、それぞれの面で自分のよさ・可能性の幅を拡げる努力をし続ける子どもであってほしいと考える。


 議会が終わりしばらくしたある日、伊那に用事があり久しぶりに電車に乗ろうと最寄りの駅まで歩いて行くと、駅の階段に高校生が座っていた。端の方に1人、その隣に男女のカップルが1組、かろうじて1人通れるスペースを残して・・・。
 「やれやれ」と思いながら階段の1段目に足をかけようとしたその時、「こんにちは」「こんにちは」。その声の主は、そこに座っていた3人の高校生だった。階段を占領していた高校生の姿と不釣り合いなほどのその屈託のない挨拶の声に、私は不意打ちを食らった思いで咄嗟に「こんにちは」と返した。
 ホームに出ると、手すりに肘をついてパンを頬張っていた1人の女子高生が私を見つけると、食べるのを止め、「こんにちは」と声をかけてきた。「こんにちは」今度は私もその子を見て笑顔で挨拶を返した。
 自分でも不思議なほどの爽快感を覚えながら電車を待っていると、ホームの柱にうつむき加減にもたれかかっている女子高生に気づいた。しばらくすると、それを見つけた1人の男子高生が彼女に近付き、さり気なく声をかけた。
 「元気ないじゃん」  女子高生は顔を上げ、声をかけた男子高生に黙って笑顔を返した。それを見て男子高生は黙ってその場を離れた。

 彼らの姿は、「今どきの高校生は・・・」と外見で人やものを判断しかかっていた私に、ある種の警鐘を鳴らしてくれた。確かに彼らは社会のルールやマナーを十分備えていないかもしれないが、生きていく上で大切な「人とのつながり」や「他者への思いやり」を大事にして、「今」を生きている。
 親や教師から教えられたルールやマナーや価値観を、様々な体験を通して一度はリセットし自分自身でそれらを再構築していくことは、人が自立していく過程で欠かせないのではないかと思う。

 彼らの姿を何度も思い返しながら伊那に向かう車中は、梅雨のうっとうしさを忘れるひとときとなった。

(2014.7.8)




凡事徹底

       
箕輪町教育長  唐澤 義雄  


 私は、俗にいう「荒れた中学校」の勤務が長かったので、校長3校も課題の多い中学校でした。そうした中学校では、どうしても当たり前なことが当たり前に行われない事があるのです。そこで、どこでも、先生方にも生徒諸君にも言ったことが「凡事徹底」という言葉でした。話したことは、次のような内容でした。

 日本で有名な教育者に森信三先生という方がいました。先生は「学校はまず立派な人間を育てることが肝要である。それには『時を守り、場を清め、礼を正す』ということが大事である」と言いました。「凡事徹底」とは、この言葉に代表されます。
 これはどういうことかといえば、一つ目の「時を守り」ということは、時間を守るということです。別の言葉でいえば、けじめがつくということです。具体的には、学校の始業時刻を守る。全ての授業や活動や児童会、下校時間などの時刻を守るということです。時間をきちんとしていくことが大事ということです。
 二つ目の「場を清め」ということは、清掃を熱心にするということは勿論ですが、ものを使ったあとの後片付け、教室のロッカーなどの整理整頓、学校の公共物を大切に使うことも含みます。また、美しい身なりや服装、美しい掲示板、ごみの無い学校、静かな集会などの入退場も含まれています。環境を整えることが大事ということだと思います。
 三つ目の「礼を正す」ということは、「おはようございます」「こんにちは」という挨拶に限ったことではありません。美しい言葉づかい、給食の挨拶、きちんとした返事、職員室などに入る時の挨拶、人の話を聴くこと、ルールやマナーを守ることも含んでいます。他人に対しての心のあり方、人としての生き方をきちんとしなさいと言っているのだと思います。
 「凡事」とは当たり前なことを言っています。だから、当たり前なことを当たり前に実行していく。それが「凡事徹底」ということになります。森信三先生は、こんなことも言っています。「いったん決心したことは、必ずやり抜く人間になること」「例外をつくったらだめ。今日は疲れたとか言い訳をしたらだめである。」と。 例外をなくして、3つを実践することで、立派な人間になります。そして、素晴らしい学校になります。

 これは、荒れた中学校だからやるという面もありましたが、実は素晴らしい学校だからこそ、足下をみることにもつながることだと思います。もう少し言うと、素晴らしい学校だからこそ基本を大事にしていかないと、危うくなる可能性が出てくるということがあると思うのです。箕輪の小中学校がよい学校と言われる今、だからあえて言う「凡事徹底」です。

(2014.4.30)





天使のうた声

       
教育委員長職務代理者  須藤 敬美  


 暑かった夏がうそのようにすっかり落ち葉が散る季節になりましたね。役場の坂道を、朝早くから生徒たちが登校する前に中学校の校長先生を筆頭に何人かの先生方が落ち葉のお掃除されている姿をみかけ、何ともさわやかな気持ちになります。

 学校では、季節に合わせ様々な行事が行われています。今年、春に運動会を行った中部小・北小・東小では、先月音楽会が行われました。同時日だったので三校全て拝見することができず残念でしたが、私は東小学校を拝見してきました。

 東小学校は今年開校140周年を迎え、記念音楽会として行われました。140周年ということで、ご父兄や、祖父母の方々など平日の金曜日にもかかわらず体育館は沢山のお客様でいっぱいでした。
 全児童による「夢の世界を」という合唱から音楽会はスタートしました。子供たちの透き通る歌声が体育館全体に広がりました。こどもたちのうた声はいいなあ・・・その後、課外音楽クラブの合唱、各学年の発表と続きました。
 1年生は、ピアニカ「トルコ行進曲」の合奏。沢山練習したのだろう。鍵盤を見つめ、小さな指で一生懸命に演奏している姿がなんとも健気で可愛らしい。2年生は斉唱「パンのマーチ」3年生はジブリの世界。可愛らしいトトロがいっぱい。4年生は法被を着て「お江戸日本橋」お祭りの楽しい雰囲気たっぷり。5・6年生による合唱や合奏は高学年だけあって小学生とは思えない素晴らしい歌声に演奏でした。先生方による開校140周年記念ソングは子供たちも交えてとっても楽しい歌になりました。先生方の指導や子供たちとの学校生活での関わりを感じます。
 小さな小学校のとても和やかで暖かみあふれる音楽会、心が癒されるひと時でした。

 もう家には学校に通っている子供がいない、小・中学校なんて関係ないと思っていらっしゃる地域の皆様、開かれた地域の学校です。お時間がありましたら、たまにはお近くの学校の行事を覗いてみてください。地域の子供たちの姿を見に来てください。
 町民新聞や、役場からの広報に予定が掲載されますので来年はぜひ天使のうた声を聴きに学校へ足はこんでみてください。きっと、心が癒されるはずです。
(2013.11.23)






月落波心

       
箕輪町教育長  唐澤 義雄  


 今年も、ここに来て木々の葉が落ち始めました。教育課は、私だけでなく落ち葉のシーズンには、朝就業前に落ち葉掃きをしています。2年目になりました。

 昨年4月から、残りの人生20年をどう生きるかということを考え始めていましたが、縁あって教育長という行政の組織の中で生活することになりました。生活を始めて大きく変わったことが二つありました。一つは弁当が必要になって給食のありがたさを実感したこと。もう一つは、携帯が鳴らなくなったので、携帯を忘れることもあるということでした。1年経って思うことは、教育委員会が校長先生をはじめとした先生方や学校に対して何ができるか。それは応援団になってあげることだと思っています。もう少し言うと、教育長が校長に向ける眼差しは、校長が教職員に対して注ぐ心と同じであるということです。そして、その温かな眼差しは、先生方が児童や生徒に注ぐ慈悲の心につながることと思っています。

 私は、校長時代に一年の初めの職員会議において、「月落波心」という言葉を示して私も先生方を精一杯支えるので、先生方も子どもを慈悲の心で愛情を注いでくださいとお願いしました。教育長は正に、校長先生をこの心でお支えするのだと立場に立って思います。読み方は「月、波心におつ」と読み、文の通りの訳なら、「お月様が、波のひとつひとつに、光を落としている」となります。この言葉は、松原泰道先生がよく書に書かれたようですが、私は元長野市教育長の奥村秀雄先生から教えていただきました。浅学な私は良くわかりませんが、この根底には「人生はさずかったもの」という教えがあり、「子どももさずかったもの」、そして「ご恩返しできる子どもにする」のが教育であるとの深い哲学があるのだと思っています。

 昨年11月初めに、町内の小中学校の校長先生方をお誘いして、2泊3日で秋田県の「学力向上フォーラム」に参加してきました。全国から270名程、秋田県内は700名程の参加でした。長野県では、県の数学の指導課の主事1名と私たちだけでした。秋田市の北へさらに一時間の能代市でしたが、参加をして改めて長野県だけではいけないと感じたり、研修とは何かと考えることができました。
 私は能代市第二中学校を参観しましたが、一言で言えば、子どもが素晴らしかったということです。中国の学校では、子どもがやる気をもって学習する姿にびっくりしますが、そうした型ではなく、自由の空気の中で、ひとりひとりが自分の言葉で考え、追求する姿に心打たれました。その根底は、日々の授業できちんとグループ学習等を取り入れて言語活動が定着していることや、授業の一時間がきちんとわかっていて学習していることなど、当り前な授業の繰り返しの積み上げでした。小学校も同様であったと聞きました。私は、これからも校長先生方が少しでも向上できる機会を作っていければと思っています。

 昨年の晩秋には、毎朝役場周りの落ち葉掃きをしていると、教育課の職員だけでなく、他の部署の諸君も出てきてくれ、最後には総務課長や町長秘書も出てきて掃いてくれました。今年もそれに期待しながら、ほうきを持つ今日この頃です。
(2013.9.30)